君が最愛になるまで

千隼くんの瞳に影が落ちた気がする。
光を失ったような冷たく底が見えないその瞳の千隼くんを初めて怖いと思った。


「彼女はいねーよ」

「⋯⋯そっか」


彼女がいないということは高校3年生の頃から付き合い始めた彼女とは既に別れているということだ。
それから彼女はいなかったんだろうか。


これ以上は踏み込んでくるなと、無言で言われているような気がして何も聞けなかった。
どこか昔の面影とは違う印象を感じる千隼くん。


「なんか、千隼くん雰囲気変わったね」

「あの頃とは違うからな」

「そうだよね⋯⋯」

「もうあの頃の俺はいない。俺の昔の面影を探してるならやめた方がいい」


まるで私の心の奥底を見透かすような言葉に思わず嫌な汗が出る。
確かに私は昔の優しくて明るくて誰とでも仲良くなれる社交的な千隼くんを思い描いていた。


だけど今の千隼くんはなんだか違って、どこか人を寄せつけないというか、一線引いた位置にいるように距離感を感じる。
私が知らない間に雰囲気がガラッと変わる何かが千隼くんにあったんだろうか。


「噂、聞いたよ」

「なんだ、聞いてたんだ」

「誰でも抱くんだって?」


私のそんな言葉に千隼くんは薄らと笑みを浮かべた。
その笑みはとても妖艶で、あぁこの笑顔でどれだけの女性を虜にしてしたんだろう、と他人事ながら思う。


「⋯⋯そうだな。俺は誰でも抱ける」

「⋯⋯」

「紬希もそうされたい?」

「⋯⋯っ」


初恋の幼なじみにそう言われて喜ぶべきなんだろうか。
ずっと焦がれていた人にそう言われて、私は嬉しそうに尻尾を振ればよかったのだろうか。


初恋に囚われていた私はそう言われて嬉しいと感じるのかと思っていたが心に落ちた感情は全く別物だった。
言うなれば、怒り───。


今まで千隼くんが抱いてきた女の人たちと同じだと思われたことへの怒りや悲しみと言った複雑な感情が心に絡みついて言葉が出ない。


千隼くんは何を考えているか分からない瞳でジーッと私を見つめる。
テーブルの上でぐっと拳を握った私は喉に引っかかる言葉を必死に紡いだ。


「バカに、しないでよ」

「バカになんてしてない」

「私をその人たちと同じにしないで」

「⋯⋯」

「誰にでも抱かれていいなんて、思ってない」


確かに千隼くんは私にとって初恋で、完全に忘れることができず振られたのも事実だ。
それでもだからと言って簡単に抱かれていいと思うほど軽い女じゃない。


好きな人だからそういうことをしたいと思うんだ。
そこに感情がなく、ただ快楽を求めるだけの行為に意味はないと私は思っている。


「なんでそんなこと言うようになったの?」

「⋯⋯」

「あの頃の千隼くんはそんなこと言うような人じゃなかった」

「言ったろ?あの頃の面影を探すのはやめとけって。あの頃の俺とはもう違うんだ」


こんなことを言うようになった理由を千隼くんは教えてくれない。
私の知らない間に千隼くんに何かあったのは明白なのにそれを知るすべがなかった。


もう私の知る千隼くんはここにはいないんだと突きつけられた気がする。
優しくて柔らかい笑顔を見せてくれた千隼くんはもういない。


「紬希⋯?」

「触らないで⋯」


テーブルの上に置いた手に千隼くんが自分の手を重ねようとするが思わず拒否してしまう。
すると思ったよりも傷ついたように眉を下げ私を見つめる彼の表情が目に入った。


(なんで⋯そんな顔するの⋯⋯)