君が最愛になるまで

熱々の丼からは湯気が出ておりすごく美味しそうだ。
いただきます、と言ってお出汁を口に含むと身体に染み渡り身体の力が抜けていく。


「ん〜染みる。お酒飲んだ後のお出汁は最高だね」

「それはよかった」

「奏がいてくれてよかった。ありがとね」


今日は沙羅ちゃんと昼飲みすると伝えたら気を使って家を空けてくれていた。
まさかこんな時間までいることになるとは思わなかったため、随分奏には時間を潰させてしまっただろう。


それでも嫌な顔ひとつせず、それを了承してくれた。
できる弟すぎて姉としては頭が上がらない。


「そういえば⋯千隼くんに似てる人を今日見たんだけど、なんか姉ちゃん知ってる?」

「えっ?」


まさか奏の口から千隼くんの名前が出るとは思っていなかったため、必要以上に驚いてしまう。
私のリアクションが想像以上だったのか奏も目を見開いて固まっていた。


(そういえば奏には言ってなかったな⋯)


「千隼くん。私が働いてる会社の上司なんだよね」

「えっ?そうなの?なんで教えてくれなかったわけ?」

「あーそれはごめん」

「別にまぁいいけど。ならあれは千隼くんぽいな」


確か千隼くんも今日はお休みだったはずだ。
街に出ていたっておかしくはない。


だけど奏の表情が少しだけ曇っていることが気になる。
私の様子を伺うようにチラチラと視線が向けられ、何かを言いたげな感じだ。


「普通に姉ちゃんとも話してる?」

「うん。ご飯とかもたまに行ってる」

「⋯そっか。姉ちゃん、その、千隼くんのこと⋯⋯」


奏もまた幼なじみとして千隼くんには可愛がってもらっていた。
歳がかなり離れているため本当の弟のように千隼くんは奏に接してくれていたため、奏もまた千隼くんのことが好きだったと思う。


そして姉弟の私の気持ちにいち早く気づいたのは紛れもなく奏だ。
1番近くにいたからこそ、奏は私の気持ちに気づいていたし、今になってもどこかでそれを引きずっていることもお見通しだろう。


私が失恋するたびに、私が好きなケーキを無言で買ってきてくれる。
奏はそんな優しい弟だ。


「沙羅ちゃんにも言われて前を向こうと、過去にしようと思ってた矢先にこれだよ。やっぱ忘れられなくて」

「まぁ姉ちゃんにとって千隼くんは初恋だもんね」


奏はさっきまでの曇った表情を上手に隠し、私と似たような顔で小さく微笑む。
何かを言いたげなのは分かっているのに、奏から言ってこないということは私にとっては嬉しくないことなんだろう。


「奏。いいよ、教えて?」

「⋯やっぱバレた?」

「バレるよそりゃ。私たち姉弟なんだから」

「⋯⋯姉ちゃんにとっては嬉しくないよきっと」

「うん、分かってる。この恋は簡単じゃないってことくらい」


奏は言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
まるで私を傷つけないように慎重になる姿が、私にとっては嬉しくないことが待っているのだと突きつける。


「千隼くん、女の人と歩いてたよ。多分近くにもう1人男の人いたと思うけど」

「⋯そっか」


千隼くんはバカげたことをもう辞めたと言っていた。
だからこそ、その女の人はそういう関係の人ではないと信じたいし、他にも人がいたのであればただの友達かもしれない。


真意が分からないけど休みの日に私の知らない女の人と会っているその事実は私の心に重くのしかかり、心がズキっと痛む。
私に辞めたと宣言してきた千隼くんの言葉が嘘だとは思えないが、奏が見た千隼くんもきっと嘘ではないのだろう。


私ではその隣を歩く立場にすらなれない。
幼なじみなんて言葉だけでよっぽど他の女の人たちの方が特別に思えた。


「彼女かな?」

「⋯ううん、違うと思う」

「なら遊び?」

「うーん⋯多分、違うと思うよ」