君が最愛になるまで

終始胸を押し付けるように腕を絡め取られ鼻腔に甘すぎる香水がツンと香り思わず顔を顰めた。
紬希から香る自然な甘みのある匂いが恋しくなる。


(もういねーよな⋯⋯)


さすがに紬希ももう歩き出しているだろうと思いせめて後ろ姿でも見れないかと思い振り返るとバチッと視線が絡み合う。
紬希もまた振り返っていたようで一瞬俺たちの視線が交わった。


だけどすぐにそれは逸らされてしまい、俺の視線は宙にさまようことになる。
背を向けて歩く小さな背中から視線を逸らすことができないでいると、俺の気を引こうとこびりつく甘い声が耳に届いた。


「ねぇ聞いてます?」

「⋯悪い、なんだっけ」

「もう⋯早乙女さんどうしたんですか?あの幼なじみの彼女のことが気になるんですか?」

「別にそういうわけじゃない」

「あの子のこと抱いたことないんでしょ?」

「⋯⋯⋯」

「そういう魅力がないってことですよ」

「は?」


この女の言葉になぜかイラッとしてしまい頭に血が上る。
何も知らないこいつになぜ紬希のことをそんなふうに言われないといけないのか。


(紬希と一緒にするなっつーの)


「身体の関係が全てじゃない。自分が特別だと思うなよ」

「⋯少なくとも早乙女さんは今日の夜の相手にあの子じゃなくて私を選んだ。それだけでも特別だと思いますけどねぇ」

「感情のないただの行為に意味はねーんだよ。調子乗るな」


夜の街に消えていこうと歩みを進めていくがなぜか気分が乗らない。
この女と一緒に過ごす気も起きなければ出かけることすら億劫になってきた。


俺の癇に障る言葉ばかり並べてくるこいつと腕を組んで歩くのさえ不快感を感じる。
こんなに自分の気持ちがザワつく理由が分からない。


(なんなんだよこの違和感は⋯⋯)


絡みつく腕を振りほどいた俺はその場で立ち止まった。
驚いたその女が振り返り長いまつ毛を瞬かせ俺を見つめる。


「なんです?」

「行く気失せた」

「はぁ?何言ってるんですか。ここまで来たのに」

「無理。お前と一緒にいたいと思わない」


本当に最低だと思う。
こんな言葉を並べて明らかにこの女を傷つけるような言葉を吐き出した。


顔を赤くさせ怒りに満ちた表情を浮かべたかと思えば次の瞬間には左頬に衝撃が走る。
目の前に立つ女に頬を思い切り叩かれたと理解するのに時間はかからなかった。


「女に恥をかかせるなんて最低っ!」


そう言って女は大股で歩き出し俺の前から去っていく。
その背中を見つめながらも頭に思い浮かんでいたのは紬希の姿だった。


紬希が現れてからおかしい。
心がザワつくし今までこんなことなかったというのに違和感を感じる。


予定がなくなった俺はポケットからスマートフォンを取り出しある人物へ電話をかけた。
突然の誘いにも大体乗ってくれるそいつはきっと今日も断らないだろう。


『はいはいもしもし?なーにどうしたの?』

「暇になったから付き合えよ。いつものとこで待ってる」

『え、ちょ、まっ───』


返事も聞かずに通話を切った俺はいつもこいつと会う場所へとゆっくりと向かった。
寒いはずなんてないのに俺の頬を撫でる夜風はどこか冷たく感じ、ぽっかりと虚しさだけが心に残る。


しこりのように残った名前の分からないその感情の正体を早く知りたいと思った。
その気持ちの名前を知ることができれば自分は前を向けるかもしれない。


「いってーな。思い切り殴りやがって」


少しだけ赤く熱を持った頬を撫で目的地の場所まで向かう。
その頬の痛みはいずれ消えるが、俺の中にある何年も癒えないこのえぐれた傷は簡単には治りそうになかった。