君が最愛になるまで

もちろん喋り方や性格は全く違うだろうが、髪の長さや顔立ちはどこか紬希を思い出させる。
そんな彼女の気配を隣で感じながらデータを確認し、問題なかったためそのまま返す。


だが彼女はすぐに戻らず俺の横に立ったまま居座った。
こういう流れの時は大体誘われる。


「ねぇ早乙女さん。今日の夜は暇ですかぁ?」

「予定はない」

「えーやった〜。なら今夜どうです?」

「⋯⋯別にいいよ」

「嬉しいですぅ。なら仕事終わり、下で待っててくださいね」


その女は俺の肩に手を置き耳元で楽しみにしてます、なんて囁いて去っていった。
彼女だなんて面倒な関係にはなりたくないため、後に響くことのない。


それを分かった上で彼女たちも俺に声をかけている。
金曜日、それは俺が夜に紛れ誰かと偽りのひとときを過ごす日だ。


その後仕事を終えた俺は約束通り会社の外で約束した女を待っていた。
そんなタイミングでパタパタと会社を出ようと足早に歩くのは幼なじみの紬希だった。


思わず声をかけるが、紬希は一瞬だけ眉をひそめて俺を冷たく見つめる。
その視線にまた俺の心はズキっと締め付けられるように痛んだ。


「もう帰りか?」

「いや、よくこの状況で話しかけられるね」

「別に話しかけるのは自由だろ」

「今から何するの?」

「⋯⋯⋯紬希には関係ないことだ」

「⋯まぁ、そうだね。私には関係ないね」


紬希も分かった上で質問をしてきているだろう。
明らかに無神経に話しかけた俺へ不快感を表す態度をしていた。


関係ないと言葉にする紬希は視線を逸らし、その瞳からは感情が抜け落ちたようにひどく無機質に見える。
少しの無言の時間が続くとそれを遮るようにヒールの音がこちらに近づいてきたと思えば、その女は俺の名を呼び甘えるように腕に絡みついてきた。


「お待たせしました。遅くなってごめんなさぁい」


明らかに自分が可愛いと思っているのが分かるほど甘ったるくこびりつくような声が耳に流れ込む。
腕に胸を押し付けるように絡められるものの、そんなのどうでもいいくらい紬希の様子が気になった。


無機質のように見えたその瞳に俺はどんなふうに映っているのだろうか。
俺の瞳に自分が映っていないことを不満に思ったのか、隣でぴったりくっついてくる女は感情の矛先を紬希に向けた。


「噂の幼なじみ?こんなとこまでついてきてなんなの?彼女面ですか?」

「⋯⋯⋯」

「今から私が早乙女さんと過ごすんだから、あなたはどっか行っててよ。邪魔だから」


まるで勝ち誇ったかのように口角を上げて紬希に強気な態度を取る女。
自分が特別とでも言いたいのだろうが、俺にとってこの女は数多くいる1人の女にしか過ぎない。


「そんなこと言われなくてもさっさと去りますよ。お邪魔しました」


敵意を向けられた紬希はすんなりそれを受け入れ、俺の元から去ろうと潔く背を向けようとする。
紬希に嫌な思いをさせたというのに、彼女はなぜか不気味に笑みを浮かべてお辞儀をしてきた。


その笑みを見た俺は思わず彼女の腕を咄嗟に掴んでしまう。
片手で収まってしまうほど紬希の手首は華奢で、こんなに細かったのかと改めて感じた。


それと同時に手を掴んで止めるつもりなんてなかったため自分の行動に驚いてしまう。
心の中の違和感が少しずつ大きくなっていった。


「な、なに?」

「⋯⋯気をつけて帰れよ」

「う、うん」


驚いたように俺を見つめる紬希に返した言葉は俺が思いつく精一杯の気遣いの言葉だった。
今の俺には幼なじみとして紬希にかけられる最大限の言葉だと思う。


紬希が何か言いたげな表情をしていたが、俺たちの間に女が入り込みそれを聞くことは叶わなかった。
女に連れられるように紬希に背を向けゆっくりと歩き出す。