昨日の午後、椿の元へ一本の電話が入った。

知らない電話番号が表示され、出てみるといきなり「久我山椿さんか?」と聞き覚えの無い男性の声がそう切り出した。

「はい。そうですが。」

「俺は久我山龍という者だ。君の夫、久我山信の兄と言えばわかりやすいか?」

「え・・・?」

信に兄弟がいるなんて、本人の口から一回も聞いたことがなかった。

結婚を決めたとき、信はこう言ったのだ。

『僕には家族がいないんだ。本当の家族というものを知らない。だからうまく家族をやっていけるかどうか自信がない。それでも僕についてきてくれる?』

『もちろんだよ。二人で私達なりの家族を作っていこう?』

椿は迷いなくそう信に答えた。

だから結婚式も挙げなかった。

新郎側の親戚がいないことで、信に引け目を感じて欲しくなかったからだ。

椿の母奈々子(ななこ)も、信の人柄の良さを分かってくれて、挙式をしないことを了承してくれた。

今まで信の言葉を疑わず、真っ直ぐに信じて生きてきた。

いまさら信の兄が現れたことを、すぐに受け入れられるはずがなかった。