「奥様が事故に遭われたのは、龍様が8歳、信様が7歳の時のことでした。それまで龍様と信様はとても仲がよろしくて、いつも広い庭でかけっこをしたり、虫を捕まえたり、かくれんぼをしておいででした。信様はかくれんぼがとてもお好きでしたから。」
「・・・・・・。」
「龍様はいつも青い帽子、そして信様は赤い帽子を被っておられました。それがおふたりのトレードマークだったのです。けれど奥様が事故に遭われたあの日、龍様が赤い帽子、信様が青い帽子を被っていたのです。信様は龍様の青い帽子に憧れてらっしゃいましたから・・・きっと龍様がその日たまたま貸して差し上げていたのでしょう。結果記憶障害を起こした奥様は、青い帽子を被られた信様を自分の実の子供だと思ってしまったのです。そして龍様は涼香さんという愛人の子と奥様から認識されてしまいました。そして本来なら龍様が受け取るはずだった奥様からの愛情が信様へと移ってしまったのです。」
『俺は愛人の子だ。信は正妻の息子。』
『俺が8歳のときに消えた。今では顔も覚えていない。』
椿は龍が放った言葉の数々を思い出していた。
「結局、そのまま信様が奥様の実子である正妻の子として、育てられることとなりました。そのことは久我山家の中のトップシークレットとなっております。」
「・・・・・・。」
「龍様はお淋しかったと思います。実の母親が応援してくれない運動会に学芸会・・・。龍様は絵がお上手でよくコンクールで賞をお取りになっていらっしゃいました。けれど奥様は全く興味を持たれませんでした。信様には優しく微笑むのに、龍様には徹底的に無視・・・。けれど龍様はあの通り飄々とした性格ですから、母親からの愛情を求めることは早々に諦めたようで、自由気ままに成長され、割り切った生活を送られていました。龍様はそのことがあってからも、屈託なく信様に接しておいででした。けれど信様は母親から冷たくされている龍様を見るのがお辛かったのでしょう。家庭内ではいつも龍様に気をお使いになり、部屋にこもって読書されることが多くなって・・・。」



