「奥様からのお使いというのは建前で、実は椿さんに聞いて頂きたいことがあって、ここへまいりました。」

「私に・・・?」

「はい。今日、龍様は絵画教室の日ですよね?」

「はい。」

わざわざ絵画教室の日に訪ねて来たということは、龍さんには聞かれたくないこと・・・?

椿は陽子のただならぬ様子を感じ、背筋を伸ばした。

陽子はしばらく口を開かず、部屋のボックス棚に置かれた、翔真の青い帽子へと視線を向けた。

沙織に会いに行ったときに被せていた帽子だ。

そして陽子は突然顔を俯かせ、いつもの鉄仮面を剥がし、嗚咽を漏らした。

陽子が泣いている理由がわからず、椿は困惑した。

しかし、只事ではない、ということくらいはわかる。

椿はタンスにしまってある、可愛らしい花が刺繍されているタオルハンカチを取りだし、それを陽子に手渡した。

「これ・・・使って下さい。」

目を潤ませた陽子はゆっくりと椿を見上げ、素直にそれを受け取り、自らの涙を拭った。

鼻を啜りながら、陽子は椿に深く頭を下げた。

「申し訳ございません。私としたことが取り乱してしまいました。」

「いえ、お気になさらないで下さい。」

椿はそう言って微笑んだ。