椿と翔真はケーキと紅茶をご馳走された後、久我山家を出た。

翔真がケーキを頬張る姿を、沙織は優しいまなざしでみつめていた。

翔真と椿が帰ろうとすると、沙織はしっかりとした口調で言った。

「龍。またお母さんに会いにきて頂戴。待ってるわ。」

翔真は自分を龍と呼ぶ祖母に対して不思議そうな顔をしていたが、気に入られたことは理解したようで「うん。またね。」と沙織に大きく手を振った。

椿には沙織の行動が理不尽に思えた。

本物の龍の前で、翔真を『龍』と呼んだ沙織の心境が全くわからない。

もちろん、わざとではないのだろう。

きっと認知症による記憶の混濁が起きているのだ。

そして肝心の龍はというと・・・やはり動揺しているのか、いつもとは打って変わって口数が少なかった。

けれど・・・何故だか嬉しそうに目を潤ませている。

「龍さん・・・その・・・大丈夫?」

隣を歩く龍に椿がそう声を掛けると、龍は目尻を指で拭った。

龍さん・・・泣いているの?