長い廊下の奥に広い洋間があり、龍の後を付いて歩く椿と翔真はその部屋に入った。
天井にはシャンデリアが飾られ、ピカピカに磨かれた縦長の窓からは庭に建てられたオブジェが見える。
部屋の壁には額縁に収められた印象派の絵画が掛けられ、大きなダイニングテーブルには美しいレースのテーブルクロスが敷かれていた。
龍と信の母、久我山沙織は使用人と思われる背筋が伸びた熟年女性に車椅子を押され、椿と翔真、そして龍の方を向いた。
龍は車椅子の後ろに立つその女性に声を掛けた。
「ああ。陽子さん。いつも母の世話をありがとうございます。」
「龍様。お忙しい中、ご苦労様です。」
陽子と呼ばれた女性は、固い表情で龍を見て、頭を下げた。
髪を引っつめ、フレームのない眼鏡をかけた、厳格そうな女性だった。
龍はその女性を椿に紹介した。
「椿さん。この方は田之倉陽子さん。長年母の身の回りの世話をして下さる看護師さんだ。」
「初めまして。久我山椿と申します。本日はよろしくお願い致します。」
そう頭を下げる椿に、陽子は愛想なく「こちらこそ。よろしくお願い申し上げます」と低い声で言った。
龍が陽子に尋ねた。
「母の具合はどうですか?」
「今日もいつも通り、穏やかなご様子です。」
当の沙織は虚ろな目で、ただ視線を漂わせている。
昔は美しかったと思われる面影も、白髪と皺で年相応の年輪を刻んでいた。



