〇マンション近くの道

大学の授業を終えた菜摘はコンビニでサラダと飲み物を買った。

マンションまでの帰路を歩く。街灯がつき始める。菜摘はエコバッグを持っていない右手でスマホを操作し始める。


菜摘:(サラダはコンビニで買ったから、あとはメインのおかずだけ。確か冷凍の豚肉が余っていたはず。よーし、今日の夕飯は生姜焼きだ!あ、野菜もあるから肉巻きもいいなぁ。それが細かくして餃子に挑戦しちゃう?あーでも、皮無いや。餃子は諦めよう…)


〇マンションの手前の道

菜摘は道でふらついている人を見かける。不審者かとも思い、小走りで通り過ぎようとした。


菜摘(早く通り過ぎよう)


その人に見覚えがあった。そーっと顔を確認する。ふらついていたのは男性で、同じ大学の西澤だった。

菜摘「西澤くん!?」

西澤「園田さん?こんな所でどうしたの?」

菜摘「いやいや、どうしたのは西澤くん。大丈夫?ふらついてるじゃない」


「少しめまいがしただけ」と言う西澤だが、顔色が悪く、その場に尻もちをつく。


菜摘「大変!私の家すぐそこなんだ。歩ける?」

西澤「いや、そこまでじゃないから。少し休んでいれば良くなると思うし」

菜摘「ダメだよ!ちゃんと休まないと西澤くん、本当に倒れちゃう。少しでもいいから来て!」


菜摘は強引に西澤を部屋まで連れていった。


〇菜摘の部屋

西澤は菜摘の部屋のラグの上に座る。菜摘は冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターをコップに注ぎ、西澤に渡す。

水を飲んで少し落ち着いた西澤。だけど顔色はますます悪くなる。


菜摘「西澤くん、体調はどう?」

西澤「うーん。まだめまいしているかな?」

菜摘「体調に心当たりないの?」

西澤「特に。強いて言えば、最近サークル活動で徹夜したことくらいかな?」


寝不足を疑う菜摘。西澤の目はとても疲れ切っていた。クマがかなり濃い。


菜摘「ちゃんとご飯食べてる?お昼もパン1つだったし。あげたおかずだけじゃ、お腹空くでしょ?」


「お腹は空いていない」という西澤だったが、身体は正直でぐぅーと空腹を知らせる音が鳴る。


菜摘「お腹、空いてるでしょ?」

西澤「今のは偶然で、本当に空いてないから」


誤魔化す西澤だが、お腹はもう耐えきれなくてさらにぐぅーと大きな音を鳴らす。


西澤「……」


嘘ついていた西澤に半分呆れる菜摘。「待ってて」と言ってキッチンへと向かい、料理を始める。


ーー30分後

2人分の料理を完成させて、ローテーブルの上に置く。

料理のメインは生姜焼き。他にも白米、味噌汁、コンビニで買ったサラダとスーパーで買った漬け物。


菜摘「有り合わせだけど」

西澤「本当に、いいの?」

菜摘「いいの。お腹空いて体調悪くしている人をこのまま帰す訳にはいきません。いただきます」

西澤「いただきます」


最初はゆっくり食べていた西澤。徐々に調子を取り戻し、あっという間に完食する。


西澤「ご馳走様でした」

菜摘「お粗末さまでした。食器片付けるから西澤くんゆっくりしてて」

西澤「俺も手伝うよ」

菜摘「まだ本調子じゃないでしょ?無理は禁物だよ」


図星をつかれた西澤はそれ以上何も言わなかった。菜摘は食器を洗いにキッチンへ向かう。


食器を洗う最中、西澤は菜摘に話しかける。


西澤「いつも自炊してるの?」

菜摘「うん。コンビニやスーパーの惣菜だけで済ませることもあるけど、ほとんどは自分で作ってるよ」

菜摘(ふふっ、作るのは結構得意だったりして)

西澤「凄いな。俺なんて料理は絶望的で、夏にサークルの人たちと作った時はかなり苦戦したな」

菜摘「西澤くんって何のサークルに入ってるの?」


菜摘(スポーツ系かな?西澤くん結構背、高いし)


西澤「映像系で学校の構内とか周辺の学生スポットを紹介するサークルで、俺は編集とナレーションを担当してる」

菜摘「へぇー。今度見てみようかな?」

西澤「ぜひ。見たら感想聞かせて」

菜摘「うん」

皿洗いを終えた菜摘は棚からタッパーを取り出して、いくつかおかずをその中に詰め始める。お腹が満たされた西澤はすっかり気分が良くなり、眠気に誘われ始める。

待っている間に見ていたテレビの音は徐々に遠のき、ふと目を閉じる。ソファーの上に横たわり、寝息をかき始める。

おかずを詰め終えた菜摘はタッパーを紙袋に入れる。リビングに戻ると西澤は眠っていた。


菜摘(寝てる…?おかず渡そうと思ったけど、しばらくはそっとしておこう)


ブランケットを西澤にそっとかける。寝ている西澤の顔を覗き込む。

菜摘(西澤くんって綺麗だな。まつ毛長いし、鼻筋もスっと通っていて。ハイライトとシェーディング無しでこんなに綺麗って羨ましい〜)


気づけば西澤の観察に夢中になっていた。


西澤「へぇー園田さんって人の寝顔を覗き込む趣味があったんだ」

菜摘「ふぇ!?に、西澤くんいつの間に起きてたの!?」

西澤「ブランケット掛けてくれた時から起きてたよ。そしたら熱い視線を感じてね」

菜摘「私、そんなつもりじゃ…!あぁ!おかず!」

西澤「おかず?」

菜摘「作り置きしていた物をタッパーに詰めて、西澤くんに渡そうも思って」

西澤「え?いいの?夕飯までご馳走になったのに…」

菜摘「夕飯だけじゃ栄養を十分に取れないから。毎日少しづつ続けるのが大事なんだよ」

西澤「ありがとう。また園田さんの料理が食べれるんだ。嬉しいよ」

少し下を向いてもじもじする菜摘。頬は赤く染まる。

菜摘「私の料理で良ければまた作るよ」

西澤「ほんと!?やった!」


クールな西澤は子供みたいに無邪気に笑う。


帰る西澤を見送ることにした菜摘。玄関でタッパーが入った紙袋を渡す。ドアを開けた西澤がなにかに気づく。


西澤「あれ、この廊下って…」

菜摘「廊下がどうしたの?」

西澤「あーやっぱりそうだ」


西澤は廊下に出るとエレベーターの方ではなく、何故か反対方向に進む。気になった菜摘は後を追いかける。


西澤「どっかで見たことあるなぁって思ったら」


西澤はズボンのポケットからキーケースを出す。そして、隣の部屋の鍵をガチャガチャと開ける。


菜摘「え、となり…?」

西澤「はは、そういう事みたい。よろしくねお隣さん」