菜摘(なつ)の部屋

キッチンで朝食の準備中。

IHコンロでスープを温めて、サラダ用の野菜をカット。食パンの上にはケチャップ、短冊切りしたハム、輪切りのピーマン、ピザ用ソースを乗せてトーストで焼く。

鼻歌を歌いながらテーブルにランチョンマットをひいて、皿に盛り付けていく。

チーンとトースターの音が部屋に鳴り響く。


菜摘「焼けたやけた。うーんいい匂い」


ピザトーストを皿に乗せる。2人用のダイニングテーブルの椅子に座って皿を置いて手を合わせる。


菜摘「いただきます!あー…そうだ写真!」


寝室に充電中のスマホを取りに行く。リビングを戻ってスマホのカメラを起動させて作った料理の写真を撮っていく。

撮り終わると再び椅子に座って朝食を食べ始める。ピザトーストを一口食べる。伸びたチーズに目を輝かせる。


菜摘:伸びた〜!チーズ最高!!


熱々の野菜たっぷりのスープを呑む。温かいスープに幸せな表情を浮かべる。


食べ終わる。手を合わせる。

菜摘「ご馳走様でした」


食器をシンクで片付ける。リビングの壁にある時計を見て驚く。


菜摘「大変!待ち合わせに遅刻する!!」


急いで着替えて家を出る。


〇待ち合わせ場所

家から走って疲れる。息を切らす。友だちの花音(かのん)を見つけて手を振る。


菜摘「お、お待たせ〜…」

花音「菜摘おそーい。って、大丈夫?」

菜摘「はぁはぁ…大丈夫。朝食片付けていたら遅くなっちゃった。あはは」

花音「もう。で、今日は何作ったの?」

菜摘「えへへ。今日はねぇ…」


菜摘が作った料理に興味津々の花音。お喋りをしながら目的地へと向かう。


〇カフェ

目的地であるカフェにやってきた菜摘と花音。

ウッドデッキの上に布のパラソルと全体が白と淡いブルーで統一されている。観葉植物があちこちに飾られている。

テラス席に座ってタブレットでメニューを見る。


花音「わぁ〜!写真映えしそうな外装。ねぇ、菜摘。菜摘?」

菜摘「どれも美味しそう。花音どれ食べる?私はねぇ…たくさんあって迷っちゃう!」

花音「ほんと、菜摘は花より団子よね。せっかく今話題のカフェに来たのに、料理にしか目がいかないんだから」

菜摘「えへへ。たくさんの料理を前にするとつい。花音のおかげでSNSでも高評価貰えることが増えてきたからもっと美味しい料理を作れるように頑張りたいんだ。だから今日は見た目も味も研究しないとね」


花音「その執着心を彼氏作ることに費やせないのかね〜菜摘は」

菜摘「彼氏を作る前に料理を作って食べたいの。それに恋愛じゃ、お腹は満たされないもん」


花音は呆れて顔を引き攣る。菜摘の食べ物バカは昔からなので諦めて一緒にメニューを見て注文する料理を決めた。


店員さんがパンケーキのセットとチキンソテーのランチプレートを持って2人の席にやってきた。

店員「お待たせしましたー」

菜摘「きたー!」

花音「早速写真を撮らなきゃ」


菜摘はチキンソテー、花音はパンケーキ。どちらも野菜やフルーツで彩られている。チキンはまだジューと音を立てていた。

写真のことを忘れて一足先に食べようとする菜摘を花音が「まだ食べるな!」と言って阻止する。「えぇー…」と残念がる菜摘。大人しくナイフとフォークを置く。

料理を作るには見た目も大事。残念がりつつも、目的を思い出して自身も写真を数枚撮り始めた。


インフルエンサーをしている花音にとってランチ1食でも重要な素材のひとつなのだ。


菜摘「花音、早く食べたいよ…」

花音「待って。インフルエンサーにとって、逃したら命取りなの。少しでも再生数稼がないとすぐに追い抜かれちゃうだから!」

あらゆる確度から写真を撮り続ける花音。自分用の写真を撮り終えた菜摘はぐぅーっとお腹を鳴らしていた。

菜摘「こんなに美味しそうな匂いしているのに。出来たて食べれないのは私にとっての生き地獄だよ…」

花音「はい。撮影は終わったから食べましょう」

菜摘「ようやくありつける…!改めて、いただきます!」


フォークでチキンを抑えてナイフで1口大にカットする。口に運ぶと幸せな笑みを浮かべる菜摘。花音もパンケーキとフルーツを食べて同じように笑みを浮かべた。


菜摘・花音「美味しい〜!!」

菜摘「ジューシーだけど決して重くないお肉の油。さっぱりとして甘みがある玉ねぎソースがいいアクセント」

花音「ふわふわの生地に酸味のあるフルーツが味を飽きさせない。これからいくらでも食べれるわね」


菜摘はチキンソテーをもう一度頬張ろうとした。すると、隣に座っていた2人組の青年の1人がこちらを見て何やらひそひそと話している。


青年A「見ろよ西澤(にしざわ)。あの大きな口。皿まで食べるんじゃないか?」

西澤「……」


菜摘:私のこと?


2人の会話が聞こえた菜摘はナイフとフォークを置いて恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にする。花音は菜摘の様子に気づいて「菜摘?」と声をかけるが、聞こえていなかった。


西澤「そうか?俺は美味しそうに食べていて可愛いと思ったけど?」


驚いて振り向く菜摘。西澤は席を立って菜摘の席の方にやってきた。


西澤「俺の友だちがごめんね。そのチキンソテーってこのカフェのオススメだよね?美味しい?」

菜摘「お、美味しいです」

西澤「そっか。じゃあ俺も同じの注文しよう。君の食べっぷり見てたら食べたくなっちゃった」


ふっと優しい笑顔を見せた西澤は席に戻る。花音の方に姿勢を戻した菜摘。すると花音はニヤニヤとこっちを見ていた。


菜摘「な、なに?」

花音「菜摘、顔真っ赤だよ?あたしが食べているイチゴみたい」

菜摘「えっ、えっ!?うそ……」


顔を手で覆い隠す。触れると本当に顔が熱くなっていた。それを見てアイスティーを飲みながらクスクスと笑う花音。


花音「食べている姿が可愛いなんて、男に免疫のない菜摘には刺激が強かったわね」

菜摘:生まれて初めて言われた。しかも男子に。同級生からは「カバみたい」とか「飲み込まれる」なんて失礼なことばかり言う人ばかりだったのに。あの人だけはそれを褒めてくれた。


元気が出た菜摘は再び料理を口にする。その一口は今までの中で一番美味しく、満面の笑みが溢れた。


〇菜摘の部屋

18時頃。夕日のオレンジの光が部屋に差し込んでいる。

ランチから帰ってきた菜摘。顔のほてりがまだ取れていない。ソファーに寝転んでもちもちクッションをギューッと抱きしめる。


菜摘:料理美味しかったけど、時々思い出して食事どころじゃなかったな。こんなこと初めて。


いつもより早くなる心臓の鼓動。ドキドキと鳴っている。


菜摘:嬉しかったのに「ありがとう」って言えなかった。あの人まだ食べていたから邪魔はできなかったし。またあのカフェに行ったら会えるかな?