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 数日後、晴れた午後のこと。春樹は並んで歩く彼女に向かって明るく声をかけた。

「ねえ、美味しいコーヒーのお店見つけたんだ。行ってみない?」

 彼女は少し驚いたように立ち止まり、春樹の横顔を見つめる。

「えっ? コーヒーって、お豆屋さん?」

「違う違う、カフェだよ」

 春樹が苦笑しながら言い直すと、彼女は小首を傾げた。

「でも春樹くん、コーヒー苦手だったんじゃ……ごめんね、私、気づかなくって」

「ううん、もう大丈夫さ」

 春樹は、ふと空を見上げた。

 高く澄んだ空に、白い雲がぽっかりと浮かんでいる。肩を並べて歩く足取りはどこか軽やかで、春風のように心地よかった。

 二人の会話はやわらかな風に乗って、午後の街へと溶けていく。

 春樹は彼女の手をやさしく引いた。

 胸にはほのかな希望を秘めて、あの小さな喫茶店へと駆け出していた。

 ふたりで同じ味を分かち合うために。

 今度こそ、君の隣で、同じ温度のカップを――。


【本日の一杯】

◆オーロラ・ブレンド

産地:月影の谷――夜と朝が溶け合う高原の地で育つ、光を宿した実り

焙煎:蒼明の焰焙煎――淡い光でやさしく炙る、特別な浅煎り製法

香り:果実のようなやさしい甘酸っぱさと、白い花を思わせる清涼感

味わい:心にやさしい朝日が射すような味わい。苦味はほのかに、軽やかな酸味と柔らかな甘みが心に寄り添う

ひとこと:「“苦手”という記憶に、そっと新しい意味を灯してくれる一杯です。少し勇気を出して向き合えば、心もまた、やわらかく変わっていくのかもしれません」