“心が求める一杯”を、あなたは信じますか?

 それは、誰かが昔、ぽつりと呟いた言葉だった。

 名前も、顔も思い出せない。
 ただその声だけが、どこか温かくて――不思議と、今も耳に残っていた。

 忘れていたわけじゃない。ただ、思い出す必要がなかっただけ。

 けれど今夜に限って、その言葉が、何度も胸の奥をかすめた。

 雨の音。足音。ひとりきりの夜道。

 透月(とうげつ)は、足を止めた。
 “偶然”なのか“必然”なのかを、確かめるように。

 それが、心をほどいてくれる誰かとの始まりになるなんて、想像もしていなかった。