「入っていいよ」

奏斗は「お邪魔します」と言おうとしたが、言わなかった。

「この家、優菜しかいないの?」

私は思わず俯く。奏斗もそれを気遣ってか、これ以上の話はできるだけしないようにしていた。

「・・・・僕と、同じだ」

「え?」

「僕も、両親は僕が生まれてすぐ亡くなって、幼いころは祖父母に育てられたんだけど、最近は1人で暮らすようになった」

優菜はそれを聞いて心が痛んだが、お互いに自分と同じだとわかると、落ち着きを取り戻した。

「とりあえず、ここ座ったら?」

奏斗は椅子に座り、鞄からノートと筆箱を出した。優菜はそのノートのことが気になり、思わず奏斗に尋ねる。

「このノートは…?」

「あ、これ?エンディングノート。」

その時優菜ははっとした。そういえば両親もこんなの遺してたな、と思いがよぎる。

「優菜に読んでほしくて。これ、やりたいことのリスト。」

そこには、こう書かれていた。

①エンディングノートを作る
②色々なところに行く
③何か新しいことに挑戦する
④残りの人生を楽しむ

上に振られている番号はどうやら優先順位のようだ。

「でも、どうしてエンディングノートを…?」

奏斗は書いている手を止め、少し暗い表情で話し始めた。

「僕実は・・・、重病を患ってるんだ」

私は思わず息をのむ。学校にいるときは元気なのに半ば信じられなかった。

「余命宣告で告げられたのは1年。もう時間がないんだ」

途端に、私も新品のノートを持ってきて、その表紙に「奏斗と記した人生ノート」と書いた。タイトルを書いただけで、そのノートが生涯残すことができるような気がした。

「エンディングノートって言っても、これは僕の人生史みたいなもの。優菜もせっかくだから書いてみたら?書いたら面白いよ」

奏斗がそう言うので、私も書き方をならって書くことにした。

「書く時間は、じゃあ、4時まで。」

時計を見ると、午後2時を指していた。

2時間。高校の授業の倍の時間だ。人生史とはいえ、そんなに早く書けるとは到底思えなかったが、ノートのページの上にシャーペンを置くと、今までの出来事が不意に蘇ってくる。気が付けば私はシャーペンを走らせていた。ずっと隠れていた記憶までもが、今ノートに記される。いつの間にか、私は書くのに夢中になっていた。