東の空が淡い茜色に染まる頃。
森を抜けたレイヴンとエリスは、廃村の教会跡へたどり着いた。
朽ちかけた十字架。崩れたステンドグラス。
けれど、そこはどこか優しく、懐かしい匂いがした。
「……ここ、まだ……残ってたんだ」
「知ってる場所なのか?」
エリスはゆっくり頷いた。
「……昔、人間と天使がまだ対等だった頃……
この教会は、共に祈りを捧げる“契約の場所”だった。
私、幼い頃……ここで“人間の子”と遊んだことがあるの」
レイヴンはエリスの顔を見つめる。
その瞳には、淡く遠い記憶の光が揺れていた。
「もしかして……そいつが、最初にお前に“人間の優しさ”を教えたのか?」
「……わからない。名前も、顔も、思い出せない。でも――」
彼女は胸に手を当て、言った。
「その子の“手の温もり”だけは、今でも覚えてるの」
レイヴンはその言葉に、息を飲んだ。
無意識に、自分の手がエリスの小さな手を包んでいることに気づく。
「……もしかして、俺か?」
「え?」
「子どもの頃の記憶……あやふやだけど。
昔、一人で森に迷い込んだことがあるんだ。小さな教会で、銀髪の女の子に会った気がしてた。夢だと思ってたけど……」
エリスの目が大きく開いた。
「……それって……」
「確証はない。けど、もし……俺が、お前の記憶の“最初”なら」
レイヴンはそっとエリスの額に、自分の額を重ねた。
「その記憶ごと、全部俺が守る」
「……レイ……」
そのとき、扉のきしむ音が響いた。
レイヴンが即座に短剣を抜いて振り向く。
「誰だ……!」
「おっと、待ってくれ。敵じゃない。……味方さ。たぶん、今のお前たちにはな」
声の主は、フードをかぶった中年の男だった。
皮のローブに旅装、片足を引きずっている。顔には古い傷跡。
「名は、ラグス・リベロ。元・神殿騎士団所属。今は……ただの裏切り者ってわけだ」
レイヴンは剣を下ろしきれずに睨む。
「どうしてここに?」
「お前らがくることは、噂で知ってた。天使の処刑が近い――だが、何よりも驚いたのは」
ラグスの目がエリスを捉える。
「“彼女”がまだ生きていたことだ。……君が“第七の翼”だとはな」
「第七……?」
「天使の中でも特異な存在。
生まれながらにして“感情”と“選択”を持つ異端。
本来なら封印されていたはずの存在だ」
エリスの顔から血の気が引いた。
「……私は、“造られた”存在……?」
「否。生まれた。だが制御不能と判断された。
だが、その子を封印ではなく“育てる”と決めたのが……」
「――ラシエル・ダイジェスト、」
レイヴンが呟く。
ラグスは静かに頷く。
「そうだ。ラシエルはかつて、君を“妹”と名乗り、保護した。だがそれは情ではない。
天界の“実験”だった。感情を持つ天使が、どこまで神意に逆らうかを――」
「……っ」
エリスは震えながら膝を抱えた。
「じゃあ……全部……私の存在そのものが、“試されてた”っていうの……?」
「違う!」
レイヴンが叫んだ。怒鳴るように、祈るように。
「お前は、作り物なんかじゃない!
俺は知ってる。傷ついても、泣いても、誰かを思って手を伸ばす……そんなお前を、“誰よりも人間らしい”って思った!
……エリス、お前は生きてる。心も、感情も、全部、お前のものだ!」
その叫びに、エリスの目から涙がこぼれる。
「……ありがとう、レイ……」
ラグスはしばらく黙っていたが、ふっと息を吐いた。
「……天界の処刑は五日後、王都中心の『聖堂広場』。
だが――ひとつだけ、方法がある。
“神意を拒絶する”手段が、ひとつだけ」
「……方法?」
「“地上の祈り”を、天界に届かせるんだ。
つまり――“人々の声”で、処刑を止める。
これは反逆になる。……命の保証はない。だが、やるか?」
レイヴンとエリスは見つめ合った。
「……俺たちは、逃げるためにここに来たんじゃない」
「……私たちは、“祈り”にすがるために、ここに来たの」
ふたりの声が重なる。
レイヴンはラグスに向き直る。
「教えてくれ。その方法――全部だ」
森を抜けたレイヴンとエリスは、廃村の教会跡へたどり着いた。
朽ちかけた十字架。崩れたステンドグラス。
けれど、そこはどこか優しく、懐かしい匂いがした。
「……ここ、まだ……残ってたんだ」
「知ってる場所なのか?」
エリスはゆっくり頷いた。
「……昔、人間と天使がまだ対等だった頃……
この教会は、共に祈りを捧げる“契約の場所”だった。
私、幼い頃……ここで“人間の子”と遊んだことがあるの」
レイヴンはエリスの顔を見つめる。
その瞳には、淡く遠い記憶の光が揺れていた。
「もしかして……そいつが、最初にお前に“人間の優しさ”を教えたのか?」
「……わからない。名前も、顔も、思い出せない。でも――」
彼女は胸に手を当て、言った。
「その子の“手の温もり”だけは、今でも覚えてるの」
レイヴンはその言葉に、息を飲んだ。
無意識に、自分の手がエリスの小さな手を包んでいることに気づく。
「……もしかして、俺か?」
「え?」
「子どもの頃の記憶……あやふやだけど。
昔、一人で森に迷い込んだことがあるんだ。小さな教会で、銀髪の女の子に会った気がしてた。夢だと思ってたけど……」
エリスの目が大きく開いた。
「……それって……」
「確証はない。けど、もし……俺が、お前の記憶の“最初”なら」
レイヴンはそっとエリスの額に、自分の額を重ねた。
「その記憶ごと、全部俺が守る」
「……レイ……」
そのとき、扉のきしむ音が響いた。
レイヴンが即座に短剣を抜いて振り向く。
「誰だ……!」
「おっと、待ってくれ。敵じゃない。……味方さ。たぶん、今のお前たちにはな」
声の主は、フードをかぶった中年の男だった。
皮のローブに旅装、片足を引きずっている。顔には古い傷跡。
「名は、ラグス・リベロ。元・神殿騎士団所属。今は……ただの裏切り者ってわけだ」
レイヴンは剣を下ろしきれずに睨む。
「どうしてここに?」
「お前らがくることは、噂で知ってた。天使の処刑が近い――だが、何よりも驚いたのは」
ラグスの目がエリスを捉える。
「“彼女”がまだ生きていたことだ。……君が“第七の翼”だとはな」
「第七……?」
「天使の中でも特異な存在。
生まれながらにして“感情”と“選択”を持つ異端。
本来なら封印されていたはずの存在だ」
エリスの顔から血の気が引いた。
「……私は、“造られた”存在……?」
「否。生まれた。だが制御不能と判断された。
だが、その子を封印ではなく“育てる”と決めたのが……」
「――ラシエル・ダイジェスト、」
レイヴンが呟く。
ラグスは静かに頷く。
「そうだ。ラシエルはかつて、君を“妹”と名乗り、保護した。だがそれは情ではない。
天界の“実験”だった。感情を持つ天使が、どこまで神意に逆らうかを――」
「……っ」
エリスは震えながら膝を抱えた。
「じゃあ……全部……私の存在そのものが、“試されてた”っていうの……?」
「違う!」
レイヴンが叫んだ。怒鳴るように、祈るように。
「お前は、作り物なんかじゃない!
俺は知ってる。傷ついても、泣いても、誰かを思って手を伸ばす……そんなお前を、“誰よりも人間らしい”って思った!
……エリス、お前は生きてる。心も、感情も、全部、お前のものだ!」
その叫びに、エリスの目から涙がこぼれる。
「……ありがとう、レイ……」
ラグスはしばらく黙っていたが、ふっと息を吐いた。
「……天界の処刑は五日後、王都中心の『聖堂広場』。
だが――ひとつだけ、方法がある。
“神意を拒絶する”手段が、ひとつだけ」
「……方法?」
「“地上の祈り”を、天界に届かせるんだ。
つまり――“人々の声”で、処刑を止める。
これは反逆になる。……命の保証はない。だが、やるか?」
レイヴンとエリスは見つめ合った。
「……俺たちは、逃げるためにここに来たんじゃない」
「……私たちは、“祈り”にすがるために、ここに来たの」
ふたりの声が重なる。
レイヴンはラグスに向き直る。
「教えてくれ。その方法――全部だ」


