夜の森は深く、冷たい。
満月が雲の切れ間から顔を出し、逃亡者たちの影を浮かばせた。
レイヴンは荒い息を吐きながら、枯れ枝をパキリと踏みつけて走った。
背後では犬の遠吠えと、金属を鳴らすような追跡者の足音が聴こえる。
「っ、くそ……! あいつらまだ追ってきてやがる!」
「レイ、こっち……早く……!」
エリスの白い手が、闇の中で光を放つように見えた。
少女の顔には汗がにじみ、疲労の色が濃い。それでも走り続ける。人間よりもずっと繊細な存在なのに。
――俺が巻き込んだ。あいつは、ただ俺を助けただけなのに……!
「……はぁ、はぁっ、ま、待て、エリス! お前、顔色が……!」
「大丈夫……私はまだ、走れる」
そう言った次の瞬間、エリスの足がもつれて倒れた。
土に膝をつき、彼女は肩で息をしていた。背中の片翼が、木の枝に引っかかって切り裂かれていた。
「っ……! エリス!」
レイヴンは彼女の引き裂かれた翼に顔を歪ませた。
すぐさま駆け寄り、彼女を抱き起こす。
体温が異様に低い。まるで、月の光のように淡く、消え入りそうな存在。
「だめだ、もう走れねぇ……っ、くそ……! なんでだよ、なんでこんなことに……!」
「ごめんね……レイ……」
「謝るな! 何でお前が謝んだよ……!」
レイヴンが言葉を発し終えた瞬間
「そこだッ!」
背後から鋭い声とともに、閃光が飛んだ。
木の幹が砕け、火花が散る。
「見つけたぞ、“堕ちた天使”とその共犯者!」
男たちが5人、弓を手に、剣を抜き、森の中から現れた。
彼らの肩には「神聖警備隊」の紋章――天使に仕える王の私兵。
「レイ、離れて……っ」
エリスが小さく呪文を唱えようとする。だが、力が足りない。
翼がもう、ほとんど光っていなかった。
「やめろ! 彼女はもう戦えない! あんたら、こんなことして……人間の誇りはどこにあんだよ!」
「誇りだと? 貴様のような下賤が語るな。
“人間を愛した天使”――それは神への冒涜だ。正義の下に裁かれるべき罪人だ!」
レイヴンはエリスを守るように両手を広げ、
「違うッ!!」
叫び、立ち上がった。
その手には、小さな短剣。父が昔くれた古びたものが握られていた。
「正義ってのは、誰かの命を踏みにじることかよ……!?
エリスは俺を救った。誰よりも優しくて、何よりも人間らしい……!」
男は歯をギリギリと怒りに任せ鳴らしたあと
「口を慎めッ!!」
矢が放つ。
それはレイヴンの肩を掠め、血を噴き出した。
「ぐ……ッ!」
「レイ!!」
エリスが思わず叫ぶ。
その瞬間、彼女の片翼がふわりと光り、木々の間に一瞬だけ風が吹いた。
「……!?」
兵士たちが足を止める。
エリスの瞳が淡く、けれど強く輝いていた。
「もう……やめて……お願い……これ以上、レイを傷つけないで……!」
「……ッ、この女、まだ力が……!」
「いい加減にしろぉおおおおおおおおおおッ!!」
レイヴンが吼えるように飛び出した。
短剣を構え、レイヴンは兵士たちの前へ走った。
剣が交錯する音が聴こえる
誰かの叫び。血飛沫。
視界が赤く染まる。
「レイ……ッ!!」
地に伏せた少年を、エリスが抱きしめる。
彼の肩は切られ、血が止まらない。
「……くそ……あぁ……俺、バカだな……全然、守れてねぇ……」
「いいの、もう、いいの……お願い、目を閉じて、レイ……私が、癒すから……」
エリスの涙が夜の中に熔け地に落ちた時とき、
「――止まれ!!」
森の奥から、低く威厳ある声が響いた。
兵士たちがピタリと動きを止める。
「この場は、私が引き取ろう。貴方達は下がれ」
現れたのは、一人の天使だった。
灰色のローブ、純白の翼、顔を隠す仮面。そして――その声を、エリスは知っていた。
「……兄さん……?」
満月が雲の切れ間から顔を出し、逃亡者たちの影を浮かばせた。
レイヴンは荒い息を吐きながら、枯れ枝をパキリと踏みつけて走った。
背後では犬の遠吠えと、金属を鳴らすような追跡者の足音が聴こえる。
「っ、くそ……! あいつらまだ追ってきてやがる!」
「レイ、こっち……早く……!」
エリスの白い手が、闇の中で光を放つように見えた。
少女の顔には汗がにじみ、疲労の色が濃い。それでも走り続ける。人間よりもずっと繊細な存在なのに。
――俺が巻き込んだ。あいつは、ただ俺を助けただけなのに……!
「……はぁ、はぁっ、ま、待て、エリス! お前、顔色が……!」
「大丈夫……私はまだ、走れる」
そう言った次の瞬間、エリスの足がもつれて倒れた。
土に膝をつき、彼女は肩で息をしていた。背中の片翼が、木の枝に引っかかって切り裂かれていた。
「っ……! エリス!」
レイヴンは彼女の引き裂かれた翼に顔を歪ませた。
すぐさま駆け寄り、彼女を抱き起こす。
体温が異様に低い。まるで、月の光のように淡く、消え入りそうな存在。
「だめだ、もう走れねぇ……っ、くそ……! なんでだよ、なんでこんなことに……!」
「ごめんね……レイ……」
「謝るな! 何でお前が謝んだよ……!」
レイヴンが言葉を発し終えた瞬間
「そこだッ!」
背後から鋭い声とともに、閃光が飛んだ。
木の幹が砕け、火花が散る。
「見つけたぞ、“堕ちた天使”とその共犯者!」
男たちが5人、弓を手に、剣を抜き、森の中から現れた。
彼らの肩には「神聖警備隊」の紋章――天使に仕える王の私兵。
「レイ、離れて……っ」
エリスが小さく呪文を唱えようとする。だが、力が足りない。
翼がもう、ほとんど光っていなかった。
「やめろ! 彼女はもう戦えない! あんたら、こんなことして……人間の誇りはどこにあんだよ!」
「誇りだと? 貴様のような下賤が語るな。
“人間を愛した天使”――それは神への冒涜だ。正義の下に裁かれるべき罪人だ!」
レイヴンはエリスを守るように両手を広げ、
「違うッ!!」
叫び、立ち上がった。
その手には、小さな短剣。父が昔くれた古びたものが握られていた。
「正義ってのは、誰かの命を踏みにじることかよ……!?
エリスは俺を救った。誰よりも優しくて、何よりも人間らしい……!」
男は歯をギリギリと怒りに任せ鳴らしたあと
「口を慎めッ!!」
矢が放つ。
それはレイヴンの肩を掠め、血を噴き出した。
「ぐ……ッ!」
「レイ!!」
エリスが思わず叫ぶ。
その瞬間、彼女の片翼がふわりと光り、木々の間に一瞬だけ風が吹いた。
「……!?」
兵士たちが足を止める。
エリスの瞳が淡く、けれど強く輝いていた。
「もう……やめて……お願い……これ以上、レイを傷つけないで……!」
「……ッ、この女、まだ力が……!」
「いい加減にしろぉおおおおおおおおおおッ!!」
レイヴンが吼えるように飛び出した。
短剣を構え、レイヴンは兵士たちの前へ走った。
剣が交錯する音が聴こえる
誰かの叫び。血飛沫。
視界が赤く染まる。
「レイ……ッ!!」
地に伏せた少年を、エリスが抱きしめる。
彼の肩は切られ、血が止まらない。
「……くそ……あぁ……俺、バカだな……全然、守れてねぇ……」
「いいの、もう、いいの……お願い、目を閉じて、レイ……私が、癒すから……」
エリスの涙が夜の中に熔け地に落ちた時とき、
「――止まれ!!」
森の奥から、低く威厳ある声が響いた。
兵士たちがピタリと動きを止める。
「この場は、私が引き取ろう。貴方達は下がれ」
現れたのは、一人の天使だった。
灰色のローブ、純白の翼、顔を隠す仮面。そして――その声を、エリスは知っていた。
「……兄さん……?」


