転んだのか、
彼は右ひざにすり傷を作っていた。
「痛い」と言えない子ども。
「痛い」と言う言葉を知らない子ども。
右耳の上が少し欠けた小さな黒猫が彼のかたわらでいっしょに濡れそぼっていた。
俺はあわててトワを抱き上げ、家に取って返し、
風呂場で彼の右ひざの傷を洗う。トワは痛そうなうめき声ひとつ上げなかったが、俺にぎゅうっとすがるようにしがついていた。
俺はトワの洗った傷を清潔なタオルで押さえ、そのまままた彼を抱き上げて自室に戻って救急箱を開ける。消毒液の白い小瓶と脱脂綿を出す。
「トワ、痛い?」
俺が、トワの傷を消毒しながらそう聞いても、彼は何も答えなかった。
「トワ、ここ、痛い?」
ただ、唇を噛みしめ、痛みに耐えているだけだ。小さく身をふるわせて。
(思い出した)
俺にもこんな時があった。
あれは、確か、俺が4歳になったばかりの頃。
庭で転んで両ひざにすり傷を作ったが、両親に言えず、自室にひきこもっていた。
ひざはズキズキ痛くて、あふれそうな涙を6畳の部屋のすみでじっとこらえていた。
妹が生まれたばかりだった。俺はお兄ちゃんになった。
服を汚したのでしかられるのもいやだった。お兄ちゃんなので泣けなかった。
でも、
俺の異変に気づいた母がすぐに部屋に来て俺をぎゅうっと抱きしめてくれた時、そのやわらかさと甘くて安心できる香りを全身で感じ、俺は涙をぽろぽろこぼしていた。
- がまんしなくて良いんだよ。
だから、
俺も、トワにがまんをさせたくない。
俺は、小さなトワをぎゅうっと抱きしめた。
「トワ、
痛い時には痛いって言って良いんだ。痛いよ、って泣いて良いんだ」
「……」
「そうしたら俺が、いつでもきみを抱きしめてあげるからね」
トワは、
しばらく俺に抱かれるままだったが、
そろそろと俺の背中に腕をまわし、ぎゅうっとしがみついてきた。
「ふれ……
いたい?」
彼は右ひざにすり傷を作っていた。
「痛い」と言えない子ども。
「痛い」と言う言葉を知らない子ども。
右耳の上が少し欠けた小さな黒猫が彼のかたわらでいっしょに濡れそぼっていた。
俺はあわててトワを抱き上げ、家に取って返し、
風呂場で彼の右ひざの傷を洗う。トワは痛そうなうめき声ひとつ上げなかったが、俺にぎゅうっとすがるようにしがついていた。
俺はトワの洗った傷を清潔なタオルで押さえ、そのまままた彼を抱き上げて自室に戻って救急箱を開ける。消毒液の白い小瓶と脱脂綿を出す。
「トワ、痛い?」
俺が、トワの傷を消毒しながらそう聞いても、彼は何も答えなかった。
「トワ、ここ、痛い?」
ただ、唇を噛みしめ、痛みに耐えているだけだ。小さく身をふるわせて。
(思い出した)
俺にもこんな時があった。
あれは、確か、俺が4歳になったばかりの頃。
庭で転んで両ひざにすり傷を作ったが、両親に言えず、自室にひきこもっていた。
ひざはズキズキ痛くて、あふれそうな涙を6畳の部屋のすみでじっとこらえていた。
妹が生まれたばかりだった。俺はお兄ちゃんになった。
服を汚したのでしかられるのもいやだった。お兄ちゃんなので泣けなかった。
でも、
俺の異変に気づいた母がすぐに部屋に来て俺をぎゅうっと抱きしめてくれた時、そのやわらかさと甘くて安心できる香りを全身で感じ、俺は涙をぽろぽろこぼしていた。
- がまんしなくて良いんだよ。
だから、
俺も、トワにがまんをさせたくない。
俺は、小さなトワをぎゅうっと抱きしめた。
「トワ、
痛い時には痛いって言って良いんだ。痛いよ、って泣いて良いんだ」
「……」
「そうしたら俺が、いつでもきみを抱きしめてあげるからね」
トワは、
しばらく俺に抱かれるままだったが、
そろそろと俺の背中に腕をまわし、ぎゅうっとしがみついてきた。
「ふれ……
いたい?」



