* * *

 朝のオフィスラウンジ。
 どうしても昨日のお礼を伝えたくて、私は周囲に人がいないのを確認してから、そっと結城さんに近づいた。
 彼はひとりでコーヒーを淹れていた。

「昨日は、ありがとうございました」

 きっと「いえ」とか「ええ」とか、2文字以内の返事が返ってくると思っていた。
 けれど意外にも、彼は資料をめくる手を止め、私をまっすぐに見た。

「もう、良くなりましたか?」

 その静かなまなざしに、思わず心が揺らぎそうになる。
 私は視線を逸らすように、もう一度深く頭を下げた。

「はい。おかげさまで」

 本当は「プリンもありがとうございました」と言いたかったけれど、会社で話すことじゃない気がして、私は言葉を飲み込んだ。
 気まずさを隠すように、急ぎでもない資料を取り出し、話題を変えるように差し出す。

「こちらの資料、一応目を通してほしいと、営業部から──」

「プリン、好きじゃなかった?」