氷壁エリートの夜の顔

 結城さんはゆっくりと時間をかけて、お粥を食べさせてくれた。
 食べ終えた器をキッチンに片付けると、今度はお湯と一緒に、処方された薬を手に戻ってくる。

「葛根湯とビタミン剤……。軽い風邪と、疲労?」

 そう言いながら、結城さんが袋から薬を取り出す。

「うん。インフルとかじゃなかったけど……結城さんにうつしちゃってたら、どうしよう」

 私が言うと、彼は小さく首を横に振りながら、湯呑みをそっと手渡す。
 そして少しだけ視線をさまよわせたあと、ためらいがちに口を開いた。

「──その、君の恋人は……会いに来るための旅費も、出してくれないの?」

 顔を上げると、結城さんはわずかに眉をひそめたまま、まっすぐ私を見ていた。その瞳は、ただ静かに、私を案じている。
 ……これ以上、この人には、嘘をつけない。

 私はマグカップの湯気に視線を落とし、小さく息を吐いた。

「……本当は、彼氏なんて最初からいないの」

 できるだけ明るく言いたくて、少し笑ってみせる。

「ていうか、正直……彼氏がいたことすらない」

 その言葉に、結城さんの表情がすこしだけ揺れた。

「どうして、そんな嘘を?」

 私は目を伏せたまま、ゆっくりと答える。