氷壁エリートの夜の顔

「……結城さん……?」

「立てる? 肩を貸すから、とりあえず部屋まで行こう」

 私は小さく頷いた。
 コート越しに触れた結城さんの体は、思った以上にしっかりしていて、あたたかくて──熱がまた、ぶり返したような気がした。
 私は彼に気づかれないように、小さく息を呑んだ。

「鍵、ある?」

 そう促され、私はバッグから鍵を出す。

──どうして、彼がここに……。

 その疑問が浮かんだ直後。玄関のドアが開いたとき、私の意識はすっと遠のいた。

* * *

 どこか懐かしい、温かい香りに包まれて、意識がゆっくりと浮かび上がってくる。
 うっすらと目を開けると、キッチンのほうから、まな板を叩くリズミカルな音が聞こえてきた。

「……お母さん?」

 まだ意識が朦朧としたまま、口に出してみた。
 音がぴたりと止まり、次の瞬間、意外な人物がキッチンから顔を覗かせた。

「ごめん、キッチン、勝手に使わせてもらってる」

 その声に、意識が一気に覚醒する。
 反射的に上半身を起こそうとして、後頭部に鈍い痛みが走った。

「いたた……」

 慌てて隣に来た結城さんが、眉をひそめて覗き込む。