氷壁エリートの夜の顔

 いつもの礼儀正しいオフィス用の笑みが、するりと顔から抜け落ちるのが自分でもわかった。

「……世間の噂が当てにならないって、私が一番よく知っている自信があるんです」

 そう言うと、結城さんは少し照れたように首筋に手をやりながら、ゆっくりと続けた。

「さっきの……僕が告白されたって話だけど」

 私は顔を上げて、彼の横顔を見る。これは──明らかに仕事とは関係のない話だ。

「正確には、『好きな人とじゃないと、考えられない』って言ったんです」

 エレベーターが止まり、音もなくドアが開く。彼の降りる階だった。

 ドアの外へと歩き出し、彼はふと振り返って言う。

「土曜と日曜の柿ようかん、予約しておいていい?」

 私が返事をするより早く、ドアが静かに閉まった。

──自分の鼓動の音だけが、耳に残っていた。