氷壁エリートの夜の顔

* * *
 
 夕方、閉まりかけのエレベーターに滑り込むと、そこに彼がいた。
 動揺を隠すように、思わず聞かれてもいないことを口にしてしまう。

「……いつも走って乗っているわけじゃないですよ?」

 彼は、ほんの少しだけ笑った気がした。

「高層階だと、乗り逃すと少し待ちますからね」

 エレベーターのドアが静かに閉まり、密やかな機械音とともに、ゆっくりと上昇を始める。
 磨かれたステンレスの壁面には、ふたりの姿がくっきりと映っている。足元からわずかに伝わる振動だけが、無音の箱の中に、かすかな動きを与えていた。

 わずかな沈黙。けれどそれは、不思議と居心地の悪いものではなかった。

 先に口を開いたのは、結城さんのほうだった。

「この間は、ありがとうございました。……ほうとう、美味しかったです」

──会社でこの話をしてもいいんだ。
 そのことが少し嬉しくて、私は小さく「いえ」とだけ返す。

「それから──さっきのラウンジでも、ありがとう」