それにしても……言い返し方がいちいち鋭い。
 社内では常に理性的だった彼女に、こんな側面があるとは思っていなくて、少し意外に感じた。

 カウンターで食事をしていると、彼女が常連客と話す声が耳に届く。
 顔を上げると、視線が彼女に吸い寄せられていた。

 力の抜けた、あたたかい笑顔。少し高めのトーン。整えられた「社内の顔」ではない、本物の表情。
──桜さんって、あんなふうに笑うんだ。

 この飾り気のない場所で、彼女は驚くほど自然にそこにいた。
 誰かと話すときも、冗談を返すときにも、無理がない。
「愛されている」と思わせるような馴染み方で、店に溶け込んでいた。

 2年もここで働いてるのか──勝ち負けじゃないけど、完敗だな。

 仕方ない、他の店を探すか。そう思った、そのときだった。

「……スパイス柿ようかん、注文しなくていいの?」

 不意にかけられたその声に、顔を上げる。

 ほんの少し、照れたような表情。社内では見たことのない顔だった。
 意外だ……けど、嫌ではない。
 それどころか、その少し近づいた距離感に、嬉しいとさえ思った。

「じゃあ……それも、お願い」

 それがまさか、あんなに美味いとは思わなかった。甘さを抑えた中に、かすかに香るスパイスの余韻。意外なほど、自分の好みにぴったりだ。

 気がつけば、翌日も同じ時間に、また暖簾をくぐっていた。