彼がラウンジに向かったのを確認して、私も席を立った。
 封筒をポケットに隠して、誰にも見られないよう足早に後を追う。

 ラウンジでは、結城さんがエスプレッソマシンの前で雑誌をめくっていた。
 ミルクを泡立てるスチームの音が、柔らかく響く。会議や打ち合わせではブラック派の彼だけど、ふだんは、ふわふわの泡がたっぷり乗ったカプチーノが好きみたいだ。

 私はラウンジを見渡した。他には誰もいない、今しかない。

「結城さん」

 声をかけると、彼は雑誌から顔を上げ、軽く会釈した。
 その雑誌の表紙には、『特集:経営者に求められる品格とは』という文字とともに、東條忠宏の写真が大きく載っている。東條氏は、あたたかな視線でカメラを見つめていた。

 私は視線を雑誌から封筒に移し、それから彼の前まで近づいて、両手で封筒を差し出した。

「あの……これを、お渡ししたくて」

 視線が、封筒から私へと移る。

 あまりに真っ直ぐに見つめられて、思わず目を逸らした。
 整いすぎた顔で、そんなふうに見るなんて、ちょっと刺激が強すぎる。

「……恋人がいるのでは?」

 思いもよらない一言に、照れていた気持ちが一気に吹き飛んだ。