「仕方ないじゃない。あのときはクールに決めたかったのよ」

 ぷいっと横を向く仕草が妙に可愛くて、思わず私は吹き出してしまった。

「わかりました。絢音さんのために開発しましょう」

 ちょうどそのとき、引き戸が開き、美玲と八木さん、そして颯真さんが入ってきた。

「よう、咲ちゃん、祐介くん、それに……え、香坂さん?」

 八木さんの声に、絢音さんが少し照れながら返す。

「最初に来たときのお通しが、チョリソーとガルバンソーの白和えだったの。そんな攻めた定食屋、通わない理由ある?」

 テーブル席がいっぱいだったので、全員でカウンターに横並びに座る。

「うわぁ、咲の『夜の部』、初めて来た!」

 美玲がきょろきょろと店内を見回す。

「いいでしょ? 俺の定食屋」

 八木さんが得意げに親指を立てる。

「俺のってなんですか。八木さん、いつからオーナーに?」

 颯真さんが楽しそうに笑って返す。その笑顔には、もう氷壁なんてどこにも見当たらなかった。