「咲も──昨夜が妄想じゃなかったって、もっと確かめていいよ」

 たぶん、今の私の鼓動は、彼にも伝わってしまっている。
 でも、その腕の中からは、どうしても離れられなかった。

「あの……こういうとき、私、どうしたらいいのか、よくわからなくて」

 そう言うと、彼は目を閉じたまま、くすっと笑う。

「まずはキス。それから……もう一回するのが一般的」

「……嘘だ」

 抗議するように言いながらも、顔が熱くなる。
 彼はいたずらっぽく笑って、そっと顔を上げた。

「キスは本当だよ」

 そのまま、唇が重なった。

* * *

 久しぶりに、お弁当を作った。
 美玲はランチをテイクアウトしてから来ると言っていたので、先にラウンジのいつもの席に座った。
 少し離れたテーブルには、颯真さんの姿。今日は彼もお弁当だ。

「やあ、僕のパクチーの女神」

 コーヒー片手に現れた八木さんが、いつもの調子で笑いかけてくる。

「お疲れさまです」

──『俺は、その誰かになりたいと思ってる』

 あの日の言葉が胸をかすめる。
 でも彼は、いつも通りの笑顔で、何事もなかったように私の隣に腰を下ろした。