氷壁エリートの夜の顔

 隣にいる颯真さんが、そっと私の手を握る。見上げると、彼は静かにうなずいた。
──大丈夫、俺がいる。
 言葉はなくても、まなざしがそう伝えてくれいた。

 最初、颯真さんは自分ひとりで会いに行こうとした。トラウマの原因になった人物に、合わせるわけにはいかない、と。

 でも、私は首を振った。
 これは、私が向き合うべき過去だったから。

 東條氏の取材は19時からだ。

 情報の出どころは香坂さん。前職の出版社で、東條氏を何度も取材していたという。

 あるとき、彼女は噂を耳にした。──東條氏には、かつて家庭があり、別れた妻と子どもに対して慰謝料も養育費も支払っていないらしい、と。
 けれど、その話が記事になることはなかった。東條氏のインタビューは、雑誌の売上に直結する。編集部は、彼の機嫌を損ねたくなかったのだ。

 そのときに、香坂さんの記憶に残っていたのが、離婚後に名字を変えた娘の名前。
「桜咲」という、少し目を引く名前だった。

──嫉妬で黙ってるほど、子どもじゃないから。
 そう言って、彼女はその情報を颯真さんに託してくれた。

 私は目を伏せた。
 悔しかったはずなのに、それでも私を助けてくれた。
 ……ありがとう、香坂さん。