氷壁エリートの夜の顔

 それでも笑いながら、彼は私の肩をそっと抱き寄せ、唇を重ねた。
 あまりに急で、息が止まるかと思った。

「大丈夫。あの夜が現実だったって確かめたくて──俺、何度も君を思い出してたから」

 その言葉に、頬が熱くなる。耳まで赤く染まっていくのが、自分でもわかった。

──こんなにも自然に、当たり前のように隣にいてくれる人に、もう何を迷うことがあるだろう。

「颯真さん」

 初めてその名前を呼んだ瞬間、彼が小さく息を呑むのがわかった。
 その反応が、なんだか愛おしくて──思わず、笑みがこぼれる。

「私は、颯真さんが好きです」

* * *

 覚悟はしていた。
 けれど、ビルを見上げた瞬間、体の奥から静かに緊張が這い上がってくる。

 メガサバーブ・ホールディングス本社。
──東條忠宏が、母と離婚したあとにヘッドハントされ、会長令嬢と再婚し、今や経営陣の一角に名を連ねる巨大企業。
 その圧倒的な存在感を前に、私は無意識に息を呑んでいた。