氷壁エリートの夜の顔

 何かが、静かに音を立てて崩れていく。
 気がつくと、頬にはいくつもの涙が伝っていた。

「結城さん……」

 彼の手が、私の頬に触れる。そっと、包み込むように。
 顔が近づく。私は、反射的に息を止めた。

「待って……香坂さんは?」

 彼は目を細めて、ちょっと笑った。

「人の噂は当てにならないって、君が言ってたのに──それだけは信じるんだ」

 私は彼のシャツの裾を、そっと握った。
 彼の鼓動が、手のひらに伝わってくる。

「……噂、なの?」

 彼は一瞬、視線を伏せてから、柔らかく微笑んだ。

「うん。俺が好きなのは、君だから」

 その笑みに触れた瞬間、私は悟った。もう、どこへも逃げられない。

 引き寄せられるように、胸が静かにふるえ、私は目を閉じる。

 唇が触れる。優しく、そして深く。
 問いかけるように舌がそっと触れ、私は応えるように口を開いた。

 熱が絡む。甘くて、少し苦しくて、それ以上に愛おしかった。

──誰かを、こんなにも強く欲しいと感じる気持ち。私は初めて知った。

「……いい?」

 言葉にする間もなく、再び唇が重なる。

 私はもう、何も言えなかった。
 だから──代わりに、彼を抱きしめた。

 迷いも、不安も、痛みさえも、全部、彼に預けながら。