涙の痕を袖でぬぐいながら、ゆっくりと立ち上がる。
 こんな時間に誰だろう。
 そう思いながらドアを開けて──息を呑んだ。

 そこに、結城さんが立っていた。

 思考が止まる。ただただ、信じられなかった。
 なぜ、どうして──今、ここに。

「入っていい?」

 その声に、我に返った。
 私は無言で頷き、彼を部屋へと招き入れる。

 リビングのテーブルを挟んで、彼と向かい合った。

 前に来てくれたときは、柚月と律希もいて、明るくて賑やかだった。
 でも今は違う。やけに静かで、息をするのもためらわれるほどの空気だ。

「あの、お茶を淹れますね」

 そう言って立ち上がろうとした瞬間、彼がそっと私の手を取った。
 熱を帯びた手に触れた瞬間、心臓が大きく脈打つ。

 私は彼を見た。彼も、まっすぐに私を見ていた。

「桜さん……明日の夕方、メガサーブ・ホールディングの本社ビルで、東條忠宏氏の取材があります」

 その名前を聞いた瞬間、全身がこわばった。
 まさか──どうして彼が、東條の話を。

「東條氏は明日、社にいます。慰謝料は時効ですが、養育費は違う。請求しに行きましょう」

 私は、とっさに彼の手を振り払った。

「……どうして?」