氷壁エリートの夜の顔

「助けになりたいとは思っている。けど……彼女の性格を考えれば、他人に頼るなんて、きっとしない」

　絢音はわずかに肩を落とし、天井を仰いだ。
　それから、皮肉の混じった笑みを浮かべる。

「外資の社員で、誰もがうらやむポジションにいて。なのに、家庭の事情でバイトして節約して──今度はお母さん。それって……あなた、同情してるだけなんじゃない？」

　俺は彼女をまっすぐに見返した。

「……なんで、遠距離の恋人が嘘だって、君が知ってるんだ？」

　今度は、彼女が目を細める。

「先に、私の質問に答えて」

　俺は背もたれに体を預ける。
　桜さんの笑顔が頭に浮かぶ。それだけで、自然と「違う」と口にしていた。

「彼女は──強がってばかりなのに、不器用で、優しくて。自分のことはすべて後回しにして、ひとりで全部背負ってきた」

　言いながら、胸の奥に引っかかっていたものが、少しずつほどけていく気がした。

「でも、夜のバイト先では、会社とはまるで違う顔を見せる。楽しそうに、軽やかに笑うんだ。あの笑顔を知って、もう目を逸らせなくなった」

　最後の一言は、自分でも驚くほど素直に出てきた。