氷壁エリートの夜の顔

「お待たせ」

 空けておいた壁側のソファに、彼女はゆったりと腰を下ろす。
 その目に、わずかに探るような光が宿っていた。

「あなたからのお誘いなんて、嬉しいわね。いい話じゃなさそうだけど──それでも、来たわ」

 小さくため息をついて、俺は話を切り出した。

「君が、俺と付き合っていると話しているって聞いた。以前の俺なら、いちいちそんな噂に向き合ったりはしなかった。でも──今は、誤解されたくない人がいる」

 彼女はコーヒーにゆっくり口をつけると、カップを置きながらふっと笑った。
 それから、目だけをこちらに向けて、低く言った。

「……桜咲、ね」

 そして、ゆっくりと顔を上げる。

「彼女と、付き合うの?」

 少しだけ視線を落として、息を整える。

「そうしたいと思ってる。でも……今の彼女は、家庭のことで、それどころじゃない」

「お母さんが倒れたって、噂で聞いたわ」

 俺はカップを両手で包み込み、静かに頷いた。