「桜さんも、同じようなことを言ってました。でも、俺、誰とも付き合っていません。そんな噂が流れてるんですか?」
高橋さんは目を大きく見開き、息を呑んだような顔になった。
「……香坂さんと付き合ってないの? 香坂さん本人が話してたって、うちの後輩が……」
その声は、だんだんと小さくなっていく。
「まったくのデタラメです」
その言葉を口にした瞬間、自分でも驚くほど、体から力が抜けていくのを感じた。
張り詰めていた何かが、静かにほどけていく。
桜さんが俺を避けていたのは、気持ちが離れたからじゃなかった。あの夜を、なかったことにしたいわけでもなかった。
ずっと信じたかったものが、ようやく手のひらに戻ってきたようで──今すぐにでも、彼女に会いたくなった。
けれど、高橋さんは眉を寄せたまま、しばらく黙っていた。
その横顔には、言葉にならない苛立ちと悲しさがにじんでいる。
「でも、結城さん。……今、咲は、あなたと付き合える状態じゃないかもしれません」
「どうして? 彼女のお母さんが倒れたのは知っていますが、快方に向かっていると……」
言いかけた俺を、高橋さんが静かに遮った。
「肺に、影が見つかったんです。精密検査は来週」
短く、でもはっきりとした口調だった。
「咲は、最悪のケースまで想定して動いています。お母さんのことも、弟と妹のことも──全部、自分が支えるつもりで。だからいまは……誰にも頼れない。そう思ってるんです」
高橋さんは目を大きく見開き、息を呑んだような顔になった。
「……香坂さんと付き合ってないの? 香坂さん本人が話してたって、うちの後輩が……」
その声は、だんだんと小さくなっていく。
「まったくのデタラメです」
その言葉を口にした瞬間、自分でも驚くほど、体から力が抜けていくのを感じた。
張り詰めていた何かが、静かにほどけていく。
桜さんが俺を避けていたのは、気持ちが離れたからじゃなかった。あの夜を、なかったことにしたいわけでもなかった。
ずっと信じたかったものが、ようやく手のひらに戻ってきたようで──今すぐにでも、彼女に会いたくなった。
けれど、高橋さんは眉を寄せたまま、しばらく黙っていた。
その横顔には、言葉にならない苛立ちと悲しさがにじんでいる。
「でも、結城さん。……今、咲は、あなたと付き合える状態じゃないかもしれません」
「どうして? 彼女のお母さんが倒れたのは知っていますが、快方に向かっていると……」
言いかけた俺を、高橋さんが静かに遮った。
「肺に、影が見つかったんです。精密検査は来週」
短く、でもはっきりとした口調だった。
「咲は、最悪のケースまで想定して動いています。お母さんのことも、弟と妹のことも──全部、自分が支えるつもりで。だからいまは……誰にも頼れない。そう思ってるんです」
