それから、八木さんがあまり深刻に捉えないといいなと思って、私はオフィス用の笑顔を浮かべながら付け加えた。

「……人間、エナジーバーだけじゃ無限稼働できませんね」

「大変だね」とか「頑張ってるね」とか、そんな言葉が返ってくると思った。
 でも、彼はまるで自分のことのように、切なげな目で私を見る。

「それから──優しい嘘をありがとう、八木さん。京花さんね、パクチー食べられないんですよ」

 八木さんは、ふっと笑って目を細めた。

「咲ちゃん」

 私の前にかがみこみ、視線を合わせる。
 その目は、いつになくまっすぐだった。

「……全部ひとりで背負い込まなくていいって、誰かがちゃんと伝えなきゃって、ずっと思ってた」

 彼が、そっと手を伸ばす。
 ほんの一瞬だけためらって──それから、私の頬に触れた。

「俺は──その『誰か』になりたいと思ってる。咲ちゃんにとっての、誰かに」

 その言葉に、静寂が降りた。そのとき──背後に、人の気配を感じた。

 振り返ると、開きっぱなしのラウンジの入り口に、結城さんが立っていた。

 彼は無表情のまま、けれど、ほんの一瞬だけ、目が合った。

「あ……」

 私が言葉を発するより早く、彼は踵を返し、ホールの奥へと消えていった。