私は目を伏せた。

「古美多、ずっと休んでるでしょ? 柿ようかんがないって、常連さんたちが騒いでたよ」

 八木さんは、思い出したようにくすっと笑った。

「この前ね、京花さんが思い立って、パクチーと甘納豆のケーキを作ったんだ。それを常連さんがひと口食べて、『咲ちゃん、早く帰ってきて!』って。満場一致だったらしいよ」

──嘘だ、と思った。けれど、ほんの少しだけ口元が緩んだ。
 笑ったのなんて、何日ぶりだろう。

 その笑みに、八木さんは目を細める。
 わずかな間があって──それから、言葉を選ぶように口を開いた。

「無理しないでって言いたくなるけど……きっと、それも言われ慣れてるよね。だからせめて、俺はちゃんと見てるよって、伝えておきたかった」

 短い沈黙が落ちる。
 私はひと呼吸おいてから話しはじめた。

「──母が倒れて、検査入院になったんです。CTで胸部を撮影したら、小さな影が見つかって」

 泣いちゃいけない。こういう話をするときこそ、表情は軽く。

「来週、精密検査なんです。高校生の双子のきょうだいがいて、彼らも頑張ってくれてて。だから、週に何日かは病院と実家を行き来してるんですけど、さすがにちょっと、体が追いついてなくて」