おにぎりのラップを外し、ひと口かじる。食感はわかるのに、味がわからない。
 でも、これを胃に入れておけば、午後の業務くらいはなんとかなる。
 私は黙々と、おにぎりを口に運んだ。

 そのとき、背後から陽気な声が飛んできた。

「……あれ? 桜さん、ついに宇宙飛行士メシに突入した?」

 顔を上げると、八木さんがコーヒー片手にニヤリと笑っていた。

「おにぎりとエナジーバー。完璧なミッション対応食だね」

「お疲れさまです」

 私はそう返して、おにぎりをセロファン紙の上に戻した。
 味のしないものを咀嚼するのは、思っているよりずっと疲れる。

「……それ、にぎった人が泣いちゃう食べ方だよ、桜さん」

 顔を上げると、八木さんは柔らかな笑みでこちらを見ていた。

「……握ったのは、機械ですよ」

 そう返すと、八木さんは「はは」と笑って、コーヒーをひと口すする。
 そして、カップをそっと置いたあと、小さな声で言った。

「桜さんって、ご飯を食べてるときがいちばん──咲ちゃんっぽいって思ってたんだよね」

 思わず顔を上げた。
 会社で、八木さんからその名前を呼ばれるとは思っていなかった。

「なんていうか……今はちょっとだけ、心配な気がしてさ。コンビニおにぎりのせいじゃないけど」