氷壁エリートの夜の顔

 ──母の肺に影が見つかったと聞いたあの日から、頭のどこかが、ずっと重いままだ。

 思考を振り払うように頭を振って、もう一度ファイルを開こうとしたとき、通知音が鳴った。
 メッセージアプリのDM。差出人は、結城さんだった。

『レビューは明日午前に変更されました。
必要に応じて、当方で補足します。無理のない範囲でご対応ください。
何か困っていることがあれば、遠慮なく相談してください。』

 変わらない、結城さんらしい、無駄のない文面。
 けれど、それはただの業務連絡には思えなかった。

 以前の私なら、こういうのはただ彼の業務的なテクニックだと思ってた。
 効率的で、感情を挟まず、必要なことだけを過不足なく伝える──
 そんな氷壁エリートとして、少し冷めた目で見ていたのに。

 でも今は、知ってしまった。
 その冷たさの裏にそっと込められた、優しさを。

 母のことは、結城さんには話していない。
 けれど、結城さんはたぶん、気づいている。
──だから怖い。
 私からそのことに触れれば、この人は迷いなく手を差し伸べるだろうから。