氷壁エリートの夜の顔

 病院への差し入れや手続き、家事のフォロー。
 大丈夫そうなふりをするきょうだいの顔を見るたびに、まだ、私がいなくても大丈夫というわけではないのだと実感する。

 古美多のバイトは、いったん休ませてもらった。体力的にも精神的にも、今無理をすれば、あとで確実に響くのがわかっていたから。

 でも、母が退院したら、また戻ろう。あの店でのバイトは、収入を得るためだけではなく、オフィス用ではない笑顔でいられる場所だから。

 そんなふうに、少しだけ先のことを思い描いていたときだった。病院のロビーで、看護師さんに名前を呼ばれた。

「桜さん、ちょっとこちらへ……」

 案内された診察室で、医師は静かに言った。

「先ほどの検査で、肺に少し影が見えました。……念のため、精密検査をお勧めします」

 小さな声だったのに、その言葉だけが、やけにクリアに響いた。

* * *

 幸いなことに、お母さんはいつも通りの様子で、病院の大部屋にいた。

「うふふ、ごめんね。でもね、咲が来てくれて、なんか元気出ちゃったわ」

 そう言いながら、腕に刺さった点滴のチューブを指差す。

「ほら、これで栄養チャージ中。けっこう効くのよ、ね、典子さん」