日付が変わってから、私たちはタクシーで実家へ向かった。

 窓の外、流れていく街灯の光をぼんやり眺めながら、スマホで社内チャットを開く。
 まずは課長にだけ、個別メッセージを送った。

『母が入院したため、本日金曜はお休みをいただきたく思います。必要があれば、可能な範囲で対応いたします』

 それから、チームチャットにも短いメッセージを書いた。
 結城さんを含む、いつものメンバーに向けて。

『緊急の私用により、金曜はお休みをいただきます。何かございましたら、DMでご連絡ください』

 送信ボタンを押したあと、少しだけ画面を見つめてから、私はそっと息を吐いた。



 実家を出てから、私が使っていた部屋は柚月のものになった。
 母の布団を借りて、柚月の部屋に並べて敷く。最初は母の部屋で休もうかとも思ったけれど、柚月が「ひとりになりたくない」と言ったので、この形に落ち着いた。

 天井を見上げると、シミの位置もクロスのゆがみも、すべてが昔のままだった。
 毎日のように見ていたのに、家を出てからは、一度も思い出していない。
 なのに今、それらの細部まで、はっきりと思い出せる自分に、少しだけ驚いた。

 ああ、私は確かに、ここで暮らしていたんだな──

 隣から、柚月の静かな寝息が聞こえてくる。
 私は目を閉じずに、昔、この部屋に満ちていた空気をたどっていた。