結局、古美多へ行けたのは、翌週になってからだった。
 そして──引き戸を開けた瞬間、思いもよらない言葉が、耳に飛び込んできた。

「結城さん、彼女ができたらしいの。八木さんと同じ部署の、すっごい美人」

 桜さんの声だった。

 すぐに、彼女が誤解していることに気づいた。だから、挨拶よりも先に口が動いていた。

「──それ、誰から聞いたの?」

 彼女が凍りついたようにこちらを見る。
 カウンターのふたりが席を空けてくれるが、そこに座る気にはなれなかった。

「今日は混んでるから、また今度にする」

 そう告げて、店を出ようとしたそのとき、八木さんの声が響いた。

「今度、咲ちゃんにプリン作ってもらおうと思ってるんだ」

──咲ちゃん

 彼は桜さんに、それを頼める関係なのか?
 彼女はもう、俺の知らないところで前を向いているのか。

 何も言わず、店をあとにした。



 翌週。
 ようやく話せたとしても、もう遅いかもしれない。
 それでも、直接話して、せめて誤解だけは解きたかった。

 でも、タイミングが合わない。
 月曜から水曜までは俺の出張。木曜は、彼女が社外での打ち合わせに出ていた。

 そして金曜日──
 彼女は、会社を休んだ。