氷壁エリートの夜の顔

 それでも、昨夜の記憶が鮮やかすぎて、なかったことにはできなかった。
 オフィスで彼女の顔を見たら、平常心ではいられない気がした。
 表面ではいつも通りでも、きっと感情が揺れる。

 それなのに彼女は、何事もなかったように業務の話を振ってくる。
 だから俺も、仕事に集中することにした。
 3年前、広報部の女性にプロジェクトを混乱させられた件が頭をよぎり、とにかく仕事中は、余計な感情は排除しようと決めた。

 日が経つにつれ、彼女の表情はどこか吹っ切れたように見えた。
 自分で決断を下し、それを受け入れた人の顔のようだった。

 俺に対しても、あの整えられた笑顔に戻った。
 柔らかくて丁寧。でも、裏側は決して見せない──完璧な、オフィス用の笑顔。
 あの夜をなかったことにするために、彼女はきっちりと距離を取っていた。

──やはり、あのメッセージが彼女なりの答えだったのかもしれない。
 俺が強引すぎたのか。あるいは、最初から気持ちは俺に向いていなかったのか。

 だけど……それでも一度だけ、確かめたかった。
「俺は君が好きだけど、君は違ったのか」と。

 だから、決めた。
 土曜日、古美多に行こう。
 開店に合わせて店に入り、少しでいい、時間をもらえないか尋ねよう。
 拒まれても構わない。ちゃんと、気持ちを伝えたかった。