氷壁エリートの夜の顔

 そう思ったら、少しだけ息がしやすくなった。
 私は表情を崩さず、いつもの嘘を、いつもの口調で口にする。

「私、遠距離の彼がいますので」

 何度となく繰り返してきたセリフ。けれど今日は、ほんの少しだけ意味が違った。
 この嘘があったから──「結城さんが好きじゃない」なんて、言わずに済んだのだ。

 彼女は形のいい眉をわずかに動かし、何かを悟ったような表情を浮かべた。
 そして、お通しの最後のひとくちを口に運び、ビールを飲み干す。

「チェックを」

 私はレジに向かい、いつもと変わらぬ声で「ありがとうございました」と頭を下げる。
 彼女は一歩、私に近づき、耳元でそっとささやいた。

「自分に嘘つくの、慣れてるのね」

 彼女の背中を見送りながら、私は思わず唇を噛んだ。
──嘘に慣れたくなんて、なかったよ。

 絢音さんが店を出たあと、カウンターの奥で祐介くんがぽつりと言った。