祐介くんが席を一つずれて、「ここ、どうぞ」と勧めた。だけど結城さんは、軽く手を挙げて、「……今日は混んでるから、また今度にするよ」と、外へ向かおうとする。

「結城」

 八木さんが、その背中に声をかけた。

「今度、咲ちゃんにプリン作ってもらおうと思ってるんだ」

 その言葉に、結城さんは一瞬立ち止まり──振り返らずに、引き戸を開けて出て行った。

 私は、すぐに八木さんに尋ねた。

「ちょっと、なんの話ですか」

「この間のプリン、結城にあげたんでしょ? 君が『誰かのために作るのは1年に1度だけ』って言ってた、あのプリン」

 思わず息が止まりそうになる。
 一瞬遅れて、視線を外しながら、私はまた嘘をついた。

「……違います」

「そっか。じゃあ、結城があんなふうに黙って帰ったのは……」

 八木さんはグラスを傾けながら、口元だけで笑った。

「大好きなプリンを食べ損ねたせい。──そういうことに、しておこうか」