氷壁エリートの夜の顔

 私は、自分が恋愛に向いていないことを知っている。
 だからこそ、これ以上傷つかないうちに白旗を上げるのが、きっと正解だ。

 でも、できれば……「あれは間違いだった」とか「ほかに好きな人ができた」とか、一言だけでも、伝えてほしかった。

 そう思った瞬間、目の奥がじんと熱くなって、涙がにじんだ。
 袖口でそっとぬぐい、誰にも気づかれないように顔を伏せる。

 そのとき、スマホの通知音が鳴った。
 画面には、柚月からのメッセージ。

『お姉ちゃん、また自己新記録出たよ!』

 トラックで、友達と一緒にピースサインをしている写真が添えられている。

 私は小さく笑って、スマホをそっとポケットにしまった。

──そうだ。恋に区切りをつける言葉なんて、いらない。
 私ひとりだって、終わらせることはできる。

 始まらずに終わったのなら、それを静かに受け入れよう。

 私は、今まで通りに仕事を頑張る。
 それだけで、きっと、なんとかなる。

* * *

 17時のアラームがなった。
 私は柿を剥く手を止めて、暖簾を出しに外へ出る。

 店の前には、八木さんが立っていた。
──うちの会社の人たちは、本当にオープン入店が好きらしい。