氷壁エリートの夜の顔

 その日、社内のあちこちで、香坂さんと結城さんの名前がセットでささやかれていた。

 私はオフィスラウンジの隅で、コーヒーをドリップしていた。
 いつもならエスプレッソマシンを使うけれど、今日はゆっくり湯を注ぐ時間がほしかった。
 ぽたぽたと落ちる雫の音を聞きながら、周囲のざわめきが自然と耳に入ってくる。

 そして──なんとなく、状況は読めてきた。

 きっと彼は、ちょっとくらいは私のことを好きでいてくれたのだと思う。
 あの日の食事は、本当に純粋に、私と始めようとしてくれていたのかもしれない。

 でも──私と関係を持ったあとで、香坂さんの気持ちに気づいた彼は、彼女を選んだ。

 美しくて、優秀で、お互いに使える時間もたくさんあって──誰が見ても、申し分のないカップル。
 誰も異を唱えない、正しい選択。

 きっと、私だけが「異議あり」と思っているのだ。