氷壁エリートの夜の顔

 オープンと同時に扉が開いたとき、一瞬、結城さんかと思って胸が高鳴った。
 けれどそこに立っていたのは……休日とは思えないほど整った装いの、八木さんだった。

 カシミヤの薄手ニットに、落ち着いたチャコールグレーのスラックス。羽織っていたのは軽やかなウールのステンカラーコート。足元の白いスニーカーまですべてが計算されたようで、整った立ち姿はどこかモデルのようにも見えた。

──そういえば、古美多の最寄りでもある霞原田駅あたりの店を開拓しているって言ってた。

 私は、咄嗟に雪平鍋で顔を隠したけれど、もう遅い。
 八木さんは柔らかく笑いながらカウンターへ歩み寄り、私の正面に腰を下ろした。

「まさか、バイト中? 黒いバンダナ、なんか新鮮でいいね。似合ってる」

「……ちゃんと副業申請は出してありますから」

 そう返すと、彼は「俺、そんな堅いこと言わないって」と軽やかに笑いながら、ビールとおつまみを何点か注文した。
 その無邪気さに、少しだけ緊張がほぐれた気がした。

「そういえば、結城くんも霞原田駅が最寄りだったよね」