「“Give even when you have little”──『少ししか持っていなくても与えよ』という言葉があります。余裕があるときに与えるのは簡単です。けれど、本当に大切なのは、余裕がないときに他者のために動けるかどうか。そこで人は試されるのだと、私は思っています」

「ほんと、すごい……。見た目も中身も完璧。『経済界の良心』って呼ばれるのも納得だよね。まさに人格者って感じ」

 美玲が感心したように言った。
 私はそれには答えず、小さくため息をついてから、時計に目をやる。

「そろそろ仕事に戻るね。今日は定時で上がらなきゃいけない日だから」

 言い終えるか終えないかのうちに、ラウンジのガラス戸が開いた。杏奈ちゃんだった。
 私の言葉が聞こえたらしく、目を輝かせて近づいてくる。

「咲さん、今日定時って……もしかして、遠距離の彼が来てるんですか?」

 まっすぐな眼差しに、ちくりと胸が痛む。私は視線を逸らして、曖昧に笑いながら言った。

「さあ、どうでしょう」