「誰かのために何かをするのって、楽なことじゃない。でも──桜さんは、ちゃんと自分で決めて、自分の足で歩いてる。……そういうところが、素敵だと思う」

 その言葉が、静かに、でも深く胸にしみた。

「ありがとう。でもね……そんなにカッコいい話じゃないんだ」

 私は手すり越しに夜空を見上げながら、ぽつりと続けた。

「……父が出て行ってから、母は何度か養育費の交渉をしたらしいんだけど、結局なにももらえなかった。慰謝料も、養育費も。……生まれた双子の顔すら、見に来なかったの」

 風がそっと吹いて、肩のブランケットが揺れた。

「だから、やるしかなかった。選ぶ余地なんてなかったのかもしれない。でも、それでも──双子がいてくれてよかったって思ってる。あの子たちがいたから、私は前を向けたから」

 ふいに、彼の手が私の手に重なった。
 指先から伝わる熱が、まるで心までほどくように、静かに広がっていく。

 顔を上げると、月明かりが彼の輪郭を柔らかく縁取っていた。
 整えられた髪が夜風に揺れて、銀色に光って見える。現実味がなくて、どこか夢の中にいるみたいだった。