氷壁エリートの夜の顔

 土曜の夜、結城さんは来なかった。
 カウンターには、いつも通り祐介くんが座っている。

「今日、颯真くん来ないんだ。……ちょっと寂しいな」

 私は、「そうですね」と答えかけて──やめた。

 祐介くんは、いつも自分の気持ちをまっすぐ口にする。ときどき、少し羨ましくなるくらいに。
 そう思っていると、彼は味噌汁のお椀を両手で包み込みながら、ふっと笑って私を見上げた。

「咲さんも……寂しいでしょ?」

 図星を突かれて、返す言葉が見つからない。
 けれど、祐介くんはそれ以上踏み込まず、穏やかに続けた。

「咲さんってさ、いつも『ちゃんとしなきゃ』って、自分に言い聞かせてる気がする」

「そんなつもりは」

 言いかけて、言葉が宙に浮いた。確かに、否定できないかもしれない。

 祐介くんが、おちゃらけながらも人の本質を見抜く人だってことには、なんとなく、前から気づいていた。
 そして彼の言葉は、静かに核心をついてくる。

「でもね」と、彼は続ける。

「たまには『ちゃんとしない』時間があってもいいと思うよ。誰かに甘えるのも、頼るのも、悪いことじゃないよ」

 祐介くんの声は、静かに、でもまっすぐに胸へ届いてくる。

「自分が幸せになろうとするのってさ、贅沢とかじゃなくて──本当は、当たり前のことだから」

 私は、下を向いたまま、そっと笑った。
 祐介くんの言葉は、私の気持ちを柔らかくほぐしてくれるようだった。

「ありがとう。……ねぇ、祐介くん」

「ん?」

「今日……結城さんが来なくて、寂しいね」

 祐介くんはにんまり笑って、親指を立てて見せた。