驚いたけれど、私は振り払わなかった。不思議と、逃げたいと思わなかった。

 親指が、そっと頬を撫でる。
 そして、結城さんがわずかに顔を傾け──静かに、近づいてきた。

 その動きが、あまりにも自然で。
 私は、拒むことも忘れて、目を閉じかけた──

──そのとき。

 テーブルの上に置いてあったスマホが震えた。軽やかな着信音が、静かな部屋に響く。

 私は我に返って目を開けた。
 結城さんもまた、ぴたりと動きを止め、戸惑うように──ふと目を逸らす。

 言葉は、なかった。

 彼は視線を落とし、静かに手を離した。そのまま無言で立ち上がり、窓辺へと向かう。
 私は、スマホを手に取った。画面には、柚月からのメッセージ。

 『おはよー、お姉ちゃん。おこた、いつ取りにくる?』

 それを見つめながら、私はようやく息を吐いた。

 ほんの数秒の出来事なのに、胸の鼓動はしばらく止まりそうになかった。